はじめに
2026年6月28日(日)、令和8年度弁理士試験の論文式筆記試験(必須科目)が実施されました。
必須科目は、特許・実用新案が2問、意匠が1問、商標が1問です。試験時間は、特許・実用新案が120分、意匠が90分、商標が90分となっています。
100点分の答案用紙には、表裏合わせて4面、各面20行、合計80行の解答欄があります。1行当たり20文字程度と考えると、最大でおおむね1,600文字程度を記載できる計算です。
これまで、「論文式試験全体の感想と考察」「特許・実用新案・問題Ⅰ」「特許・実用新案・問題Ⅱ」「意匠」について取り上げてきました。今回は、商標法の問題について、解いてみた感想と考察をまとめます。
なお、以下は、筆者が問題を検討した上での個人的な見解です。正式な出題趣旨や模範解答を示すものではありません。
問題の構成と主な論点
商標法は100点満点で、問題Ⅰが40点、問題Ⅱが60点です。
問題Ⅰは、防護標章登録制度に関する2つの設問から構成されています。問題Ⅱは事例問題であり、設問1と設問2の(1)(2)の合計3問です。したがって、実質的には合計5つの問いに解答することになります。
問題Ⅰでは、制度趣旨を理解した上で、必要なキーワードを簡潔に示すことが求められました。問題Ⅱでは、長い事例を時系列に沿って整理し、不使用取消審判、先使用権、無効の抗弁、除斥期間及び権利の濫用を検討する必要があります。
単純平均では、1問当たりに使える時間は約18分です。しかし、問題Ⅱの事例分析や答案構成にも時間が必要であるため、実際には各問を15分程度で処理する意識が必要になります。 特許庁が公表した主な論点は、次のとおりです。
【問題I】
防護標章登録制度についての基本的な知識及び理解を問う。
【問題II】
1 不使用による商標登録の取消しの審判 (商標法第50条) についての理解を問う。
2 先使用による商標の使用をする権利 (商標法第32条) についての理解を問う。
3 商標登録の無効の主張 (商標法第39条で準用する特許法第104条の3第1項) についての理解を問う。
4 商標登録の無効の審判 (商標法第46条) の除斥期間経過後における周知商標の使用者による権利濫用の主張についての理解を問う。
定番の制度が中心ではあるものの、各制度の趣旨や相互関係まで理解していなければ処理しにくい問題でした。
【問題I】の検討
(1)設問1
設問1では、防護標章登録制度の趣旨に加え、商標権者以外の事業者及び需要者にとっての利点が問われました。
① 答案で示すべき事項
防護標章登録制度の趣旨としては、次のキーワードを示したいところです。
- 著名な登録商標
- 非類似の商品又は役務への禁止的効力の拡張
- 出所の混同の防止
- 商標権者の業務上の信用の保護
通常の商標権の禁止的効力は、原則として指定商品・指定役務と同一又は類似の範囲に及びます。しかし、著名な商標は、非類似の商品又は役務に使用された場合であっても、出所の混同を生じさせることがあります。
そこで、防護標章登録制度は、著名な登録商標について、一定の非類似の商品又は役務にまで禁止的効力を拡張し、その商標に化体した業務上の信用を保護する制度です。
商標権者以外の事業者にとっては、防護標章登録によって権利の所在及び禁止的効力の及ぶ範囲が公示されるため、商標の採択や使用に際して、権利侵害の有無を事前に判断しやすくなります。これにより、紛争を未然に回避できるという利点があります。
需要者にとっては、著名商標が非類似の商品又は役務に使用されることによる出所の混同を防止し、商品又は役務の選択を誤ることを防げるという利点があります。
② 検討上のポイント
このような趣旨問題では、問題文の柱書を確認し、どの制度について問われているかを正確に把握することが重要です。
本問では、単に制度趣旨だけでなく、「商標権者以外の事業者」と「需要者」という異なる立場から、それぞれの利点を説明する必要があります。
また、「簡潔に説明せよ」とされているため、制度趣旨を長く書きすぎるのではなく、立場ごとに一、二文で整理するのが適切でしょう。
(2)設問2
設問2では、商標登録制度と防護標章登録制度の相違点が問われました。
① 答案で示すべき事項
制度比較の問題では、要件と効果を中心に整理すると書きやすくなります。
通常の商標登録では、商標法3条及び4条等の登録要件を満たす必要があります。これに対し、防護標章登録では、商標法64条に定める要件、すなわち、登録商標が著名であり、非類似の商品又は役務に使用された場合に、商標権者又はその関係者の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがあること等が必要になります。
効果については、通常の商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標を使用する専用権を有し、さらに一定の類似範囲について禁止的効力を有します。
これに対し、防護標章登録に基づく権利には、使用権としての専用権はありません。商標法67条により、登録防護標章と同一の商標を指定商品又は指定役務について使用する行為等が侵害とみなされます。
そのほか、次のような相違点も挙げられます。
- 防護標章登録に基づく権利は、基礎となる商標権に従属する
- 商標権が移転した場合、防護標章登録に基づく権利もこれに伴って移転する
- 商標権が分割された場合、防護標章登録に基づく権利は消滅する
- 防護標章登録に基づく権利の更新時には、著名性等について審査が行われる
- 通常の商標権には不使用取消審判があるが、防護標章登録に基づく権利は使用を前提とする権利ではない
② 検討上のポイント
制度比較では、思いついた相違点を無秩序に列挙するのではなく、次の順序で整理すると漏れを防ぎやすくなります。
- 制度目的
- 登録の主体及び前提
- 登録要件
- 権利の効果
- 移転
- 更新
- 消滅
- 不使用に関する制度
時間に余裕がない場合でも、少なくとも「登録要件」「専用権の有無」「禁止的効力」「基礎となる商標権への従属性」「更新審査」は挙げたいところです。
(3)問題Ⅰの感想
防護標章登録制度自体は、論文式試験でも比較的よく扱われるテーマです。
しかし、今回は、制度趣旨だけでなく、「第三者にとっての利点」と「需要者にとっての利点」が問われました。単に青本の趣旨を暗記しているだけでなく、商標法の目的や登録制度の公示機能から考えることが求められた問題だったと思います。
趣旨のキーワードを思い出せない場合でも、商標法1条の法目的、通常の商標権の効力、防護標章登録に関する条文を手掛かりに、制度が誰のどのような利益を保護しているかを考えることが重要です。
【問題II】の検討
(1)事実関係の整理
主要な事実関係は、次のとおりです。
甲は、2020年1月、神奈川県鎌倉市で商標イを付したパンの製造販売を開始しました。
翌月には、商標イは甲のパンを表示するものとして、神奈川県全域で需要者の間に広く認識されるようになりました。
乙は、2020年3月5日、商標ロについて、指定商品を「クッキー」として商標登録出願をし、2021年3月5日に設定登録を受けました。
甲は、2025年3月12日、商標イについて、指定商品を「パン」として商標登録出願しましたが、同年12月23日、乙の登録商標ロを引用する商標法4条1項11号の拒絶理由通知を受けました。
甲は、商標法4条4項の適用を受けるため、2026年2月3日、乙に対して承諾の可否を打診する書状を送付し、乙は同月6日に受領しました。しかし、乙から回答がなかったため、甲は同年5月1日に不使用取消審判を請求し、その請求は同月15日に登録されました。
一方、乙は、2025年4月頃から、登録商標ロの使用を含めて東京店の開店準備をしていました。
そして、2026年4月1日に東京店を開店し、登録商標ロを初めて付したクッキーの販売を開始しました。
その後、乙は、2026年6月1日、甲に対し、商標権に基づく差止請求訴訟を提起しました。
商標イと登録商標ロは互いに類似し、「パン」と「クッキー」も互いに類似するものとされています。
(2)設問1
設問1では、甲による不使用取消審判の請求が認められるかが問われました。
① 関係条文
中心となるのは、商標法50条です。
不使用取消審判では、審判請求の登録前3年以内に、日本国内において、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、指定商品又は指定役務について登録商標を使用していたかを検討します。
使用されていた商標には、登録商標と社会通念上同一と認められる商標も含まれます。
また、請求前3月から請求登録日までの使用については、審判請求がされることを知った後の使用であり、かつ、その使用について正当な理由がない場合、駆け込み使用として扱われます。
② 本件への当てはめ
乙は、2026年4月1日から、日本国内である東京において、指定商品「クッキー」に登録商標ロを付して販売しています。
審判請求の登録日は2026年5月15日であるため、この使用は請求登録前3年以内の使用に該当します。したがって、原則として、50条2項により取消しは認められません。
もっとも、この使用は審判請求日である同年5月1日の前3月以内に行われているため、50条3項の駆け込み使用に該当するかが問題となります。
乙は、2026年2月6日に甲からの書状を受領しています。しかし、その書状は、商標法4条4項の適用に必要な承諾の可否を打診するものであり、不使用取消審判を請求する旨を告知するものではありません。
また、乙は2025年4月頃から、登録商標ロの使用を含めて東京店の開店準備をしていました。そのため、乙が取消審判の請求を知った後に、取消しを免れる目的で急きょ使用を開始したとは認めにくいと考えられます。
したがって、乙の使用は駆け込み使用には該当せず、甲の不使用取消審判請求は認められないと考えます。
③ 検討上のポイント
本問では、単に「3年間使用していたか」を見るのではなく、次の時点を正確に区別する必要があります。
- 審判請求日
- 審判請求の登録日
- 乙の使用開始日
- 乙が甲の書状を受領した日
- 乙が使用準備を開始した時期
また、50条3項の適用には、使用者が「審判請求がされること」を知っていたことが必要です。単に当事者間で承諾交渉があっただけで、直ちにこの要件を満たすわけではありません。
(3)設問2(1)
設問2(1)では、商標権侵害訴訟において甲が主張できる抗弁と、その成否が問われました。
主に、無効の抗弁と先使用権を検討することになります。
① 無効の抗弁
甲は、乙の商標登録が商標法4条1項10号に違反しているとして、商標法39条で準用する特許法104条の3第1項に基づき、乙が権利行使できないと主張することが考えられます。
商標イと登録商標ロは類似し、「パン」と「クッキー」も類似します。また、商標イは、乙の出願時に、神奈川県全域で甲のパンを表示するものとして周知でした。
もっとも、4条1項10号の周知性が認められるかは、商品、取引地域、需要者層等を考慮して判断されます。本問では、設問2(2)が「日本国内の広範囲にわたって周知」と条件を変更しているため、設問2(1)では4条1項10号の周知性を否定する構成が想定されていると考えられます。
さらに、乙の商標登録日は2021年3月5日であり、侵害訴訟が提起された2026年6月1日には、登録から5年が経過しています。
4条1項10号違反を理由とする無効審判には、原則として5年の除斥期間があります。本問では、乙が不正の目的で登録を受けたとの事情は示されていません。
したがって、甲による無効の抗弁は認められないと考えられます。
② 先使用権
甲は、商標法32条1項に基づく先使用権を主張することが考えられます。
先使用権が認められるためには、原則として、次の要件を満たす必要があります。
- 他人の商標登録出願前から日本国内で商標を使用していること
- 不正競争の目的がないこと
- 使用商標及び商品・役務が登録商標の範囲と同一又は類似であること
- 他人の出願時に、その商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること
- 継続してその商標を使用していること
甲は、乙の出願日である2020年3月5日より前の同年1月から、日本国内で商標イをパンに使用しています。不正競争の目的をうかがわせる事情はありません。
また、乙の出願時には、商標イは神奈川県全域で甲のパンを表示するものとして周知となっており、甲は現在まで継続して使用しています。
32条1項の周知性は、必ずしも全国的な周知性を必要とするものではありません。商品・役務の取引圏等を踏まえ、一定の地域で需要者の間に広く認識されていれば認められ得ます。
したがって、甲には先使用権が認められ、乙は、甲が先使用権を有する範囲では、その使用を差し止めることができないと考えられます。
なお、乙は、甲の使用によって自己の商品との混同を生ずるおそれがある場合、甲に対して適当な混同防止表示を付すよう請求することができます。
③ 検討上のポイント
本問では、4条1項10号と32条1項における周知性の役割の違いを理解する必要があります。
4条1項10号は、周知商標との抵触を理由として後願商標の登録を排除する規定です。これに対し、32条1項は、先使用者が現実に形成した信用及び使用状態を保護する規定です。
そのため、本問では、4条1項10号に基づく無効の抗弁は認められなくても、32条1項の先使用権は認められるという結論になります。
(4)設問2(2)
設問2(2)では、商標イが神奈川県全域にとどまらず、日本国内の広範囲にわたって周知であった場合が問われました。
① 先使用権
商標イが日本国内の広範囲で周知である場合には、設問2(1)と同様、32条1項の要件を満たします。
したがって、甲には先使用権が認められると考えられます。
② 無効の抗弁
商標イが日本国内の広範囲にわたって周知であれば、4条1項10号の周知性も認められると考えられます。
そのため、乙の商標登録には、4条1項10号違反の無効理由があることになります。
しかし、乙の商標登録から5年が経過しており、不正の目的で登録を受けたとの事情も示されていません。そのため、47条の除斥期間により、4条1項10号違反を理由とする無効審判を請求することはできません。
したがって、商標法39条で準用する特許法104条の3第1項による無効の抗弁は認められません。
③ 権利濫用の抗弁
もっとも、甲は、乙の商標権の行使が権利濫用に当たり、許されないと主張することが考えられます。
最高裁平成29年2月28日判決、いわゆるエマックス事件は、4条1項10号違反を理由とする無効審判の除斥期間が経過した場合、無効の抗弁を主張することは許されないとしました。
その一方で、4条1項10号所定の周知商標の主体に対して商標権を行使することは、特段の事情がない限り、権利の濫用として許されないと判断しました。
本問では、甲は日本国内の広範囲で周知となった商標イの主体です。乙がその甲に対し、商標イの使用差止めを求めることは、周知商標に化体した甲の信用を害し、商標法の趣旨にも反すると考えられます。
したがって、特段の事情がない限り、乙の差止請求は権利濫用として許されないと考えられます。
④ 検討上のポイント
本問では、除斥期間経過後も無効理由そのものが当然に消滅するわけではない一方、その無効理由を無効の抗弁として主張することはできない、という点を押さえる必要があります。
その上で、無効の抗弁とは別に、具体的な権利行使が権利濫用に当たるかを検討します。
したがって、答案では、次の順序で書くと分かりやすくなります。
- 4条1項10号の無効理由がある
- 47条の除斥期間が経過している
- 無効の抗弁は認められない
- それでも、周知商標の主体に対する権利行使が権利濫用となるかを検討する
- 特段の事情がない限り、権利濫用として許されない
全体を通じた感想
これまでの記事では、特許・実用新案を「直球」、意匠を「変化球」と表現しました。これに続けるなら、商標は「地雷」と表現したくなる科目です。
商標法は必須科目の最後に実施されるため、受験生には疲労が蓄積しています。特許・実用新案や意匠の出来が気になり、集中力を保つことも簡単ではありません。
しかし、商標では、問題文の柱書、時期的要件、除斥期間、条文上の主語などを一つ見落とすだけで、結論が大きく変わることがあります。
今回の問題も、形式自体は例年どおりであり、論点も比較的典型的なものでした。しかし、次のような細かな点を正確に処理する必要がありました。
- 承諾の打診と、不使用取消審判の予告との違い
- 審判請求日と審判請求の登録日との違い
- 4条1項10号と32条1項の周知性の違い
- 無効の抗弁と権利濫用の抗弁との違い
- 除斥期間の経過が各主張に及ぼす影響
商標法は、条文及び判例を正確に理解し、事実関係を落ち着いて整理できれば、比較的得点しやすい科目でもあります。
今年度は、意匠法の処理に苦労した受験生が多かったのではないかと思います。特許・実用新案で大きな差がつかず、意匠で差が生じ、商標でさらに得点差が広がるという展開も考えられます。
最後の科目だからこそ油断せず、条文の要件を一つずつ確認しながら、最後まで丁寧に答案を作成することが重要だと感じました。
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