黄金演説のその後
16世紀後半のイングランドは、対スペイン戦争などにより深刻な財政難に陥っていました。しかし、新たな課税には議会の承認が必要であり、王権のみで新たな課税を恒常的に行うことは困難でした。
そこでエリザベス1世は、「王の特権(Royal Prerogative)」を用いて特許状を発行し、その見返りに金銭を得るという手法を拡大させていきました。
本来は新規の発明を奨励する制度であった特許は、次第に既存産業や日用品にも及ぶようになりました。塩、石鹸、酢、鉄、さらにはトランプにまで専売権が与えられ、価格高騰や品質低下が社会問題となりました。
1601年、議会はこれを厳しく批判しました。これに応えてエリザベス1世は有名な「黄金演説」を行い、専売の一部見直しを約束しました (こちらの記事を参照) が、問題は根本的には解決しませんでした。
翌1602年、裁判所が王の与えた専売権そのものの効力を正面から審査する事件が起こります。ダーシー対アレン事件(Darcy v. Allen)です。
ダーシー対アレン事件は、王が自由に独占権を与えられるわけではないことを示した、近代特許制度の前史として重要な事件です。
事件の構図
原告:エドワード・ダーシー (エリザベス1世の宮廷関係者)
被告:トーマス・アレン (ロンドンの商人)
エリザベス1世は、トランプ製造の専売権をダーシーに与えていました。ダーシーはこれを根拠に、他者の製造・販売を禁止しようとします。
しかし、アレンはこれを無視してトランプを製造しました。そこで、ダーシーは専売権侵害として提訴します。 この裁判では、「王が与えた特許状は、裁判所においても絶対なのか。」ということが問題となりました。
裁判所の判断 ― 法は王よりも上にある
この事件を審理したのは、女王座裁判所(Court of Queen’s Bench)でした。
裁判所は、原告であるダーシーの請求を退けます。判決は、専売の弊害を具体的に指摘しました。
① 公共の利益に反する
専売は競争を排除し、価格の上昇と品質の低下を招く。これは国民全体の利益に反する。
② 職業の自由の侵害
専売は他者が当該職業に従事することを妨げ、徒弟制度による技能習得の機会を奪う。このことは社会の発展を阻害する。
③ コモン・ロー(慣習法)への違反
既存産業に対する包括的専売は、イングランドのコモン・ローに反する。
以上を理由として、裁判所は当該専売を無効と判断しました。ここに、「王権は無制限ではない。王の意思よりも法と公共の利益を優先する」という原理が、明確な司法判断として示されたのです。 もっとも、判決は、すべての独占を否定したわけではありませんでした。真に新規な発明を奨励する場合は例外となり得ることも示唆されました。この点が、後の専売条例へとつながっていきます。
歴史的意義
ダーシー事件は単なる商業紛争ではなく、以下の3つの重要な意義がありました。
① 王権よりもコモン・ローを優位に置いた
王の特許であっても、法に反すれば無効とされるという、「法の支配」の具体例が示されました。
② 「公共の利益」という基準の明確化
専売の適否は、王の意思ではなく、公共の利益によって判断される、という考え方は、現代の独占禁止法や競争法の基礎理念とも通じます。
③ 専売濫発への司法的ブレーキ
政治的妥協ではなく、司法判断によって専売が制限されたことで、王権に対する制度的抑制が働いたことになります。
この判決は最終的に立法へと引き継がれていきました。1624年の専売条例(Statute of Monopolies)です。
思想史との接点
ダーシー対アレン事件のように、権力は法によって制限されるという経験的蓄積は、後の立憲思想の土壌を形成していきます。
政治が専売を生み、司法がそれを制限し、やがて立法が基準を明文化する。そこには、後の三権分立につながる萌芽を見ることができます。
結び ― 何が許され、何が許されないのか
専売は単なる経済問題ではなく、誰が市場を支配するのか ― 王か、それとも法か ― という統治の根本問題でした。
ダーシー対アレン事件は、司法が王権にブレーキをかけた歴史的瞬間でした。しかし、「何が有効な独占で、何が無効な独占なのか」という基準はまだ明確ではありませんでした。その最終的な整理を行ったのが、1624年の専売条例です。 司法が示した原理を、立法が制度として固定する。そこに、近代特許法の出発点がありました。
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