はじめに
前回は、飛び杼を発明したジョン・ケイを取り上げました。
歴史の教科書では、産業革命の発明として「ジェームズ・ワットが蒸気機関を改良した」と書かれていることがよくあります。
ここで一つ疑問が生まれます。「改良した」ということは、その前に蒸気機関を発明した人物がいるはずです。
その人物こそ、トマス・ニューコメン(Thomas Newcomen)でした。
ところが、この蒸気機関を発明したニューコメンは、自分の蒸気機関の特許を持っていませんでした。
なぜ、ニューコメンは蒸気機関の特許を取得できなかったのでしょうか。
今回は、ニューコメンの蒸気機関の発明と、当時の特許制度との関係を見ていきます。
背景
17世紀のイングランドでは、森林資源の枯渇が大きな問題となっていました。人口増加や軍艦建造などの影響により木材の需要が急増し、森林伐採が進んだからです。
その結果、燃料として使われていた薪や木炭が不足し、深刻な燃料問題が生じました。
そこで注目されたのが、木材に代わる燃料である石炭でした。石炭は安価で、エネルギー密度も高い燃料でした。
しかし、石炭需要が増えると、地表近くの炭層はすぐに掘り尽くされてしまいます。採掘は次第に地下深くへと進みました。
すると、新たな問題が発生します。坑道に地下水が流れ込み、水没してしまう問題です。
当時は、馬にポンプを引かせて排水していました。しかし坑道が深くなると、数百頭の馬が必要になることもありました。そのため、エサ代などのコストが石炭の利益を上回るという事態も起きていました。
この問題を解決するために、金物商であり、キリスト教プロテスタントのバプテスト派の説教者でもあったトマス・ニューコメンらが、1712年頃、蒸気の力を利用したポンプを開発しました。これが、世界初の実用的な蒸気機関といわれています。
ニューコメンの蒸気機関
ニューコメンの蒸気機関は、シリンダー(筒)の中にピストンを入れ、蒸気と水を利用して動かす装置でした。
まず、下の図1のように、シリンダーの中に蒸気を送り込みます。

図1 ニューコメンの蒸気機関(蒸気投入時)
次に、下の図2のように、シリンダーに冷水を噴射すると蒸気が冷えて凝縮し、内部が真空に近い状態になります。すると、外側の大気圧によってピストンが押し下げられます。

図2 ニューコメンの蒸気機関(冷水噴射時)
この動きを利用してポンプを動かし、坑道の水をくみ上げました。その後、再び蒸気を送り込むことでピストンが持ち上がり、同じ動作を繰り返します。
このようにして、蒸気機関は坑道にたまった水を排水していました。ニューコメンの機関は、ゆっくりと上下する巨大なポンプのような装置でした。
特許問題
ところが、ニューコメンには大きな問題がありました。すでに別の人物が似た技術で特許を取得していたのです。
1698年、トマス・セイヴァリ(Thomas Savery)は、「火の機関(fire engine)」と呼ばれる水揚げ装置で特許を取得していました。なお、蒸気機関は最初、「火の機関」と呼ばれていました。
この特許は、「火の力を利用して水を汲み上げる装置」という非常に広い内容を含んでいました。
そのため、ニューコメンの蒸気機関も、この特許の範囲に含まれるとみなされたのです。
そこでニューコメンは、裁判で争うのではなく、セイヴァリの特許の下で事業を行う道を選びました。当時の裁判は費用も時間もかかり、敗訴のリスクも高かったからです。
さらに問題は続きます。セイヴァリの特許は、本来14年で終了するはずでした。ところが彼は議会に働きかけ、特許期間を35年まで延長させていました。
その結果、ニューコメンはセイヴァリの死後も、長い間その特許の下で蒸気機関を利用せざるを得ませんでした。つまりニューコメンは、自分の発明でありながら、他人の特許のもとで事業を行うことになったのです。
これは、初期の特許制度において、特許の範囲が広すぎる場合に起こり得る問題を象徴する事例となりました。
それでもニューコメン機関は炭鉱で広く利用され、18世紀中頃には100台以上が稼働するようになりました。当時の炭鉱では、蒸気機関の動く音が絶えず響いていたと言われています。
結び
ニューコメンの事例は、発明そのものの価値だけでなく、既存の特許が新しい技術の利用や普及にどのような影響を与えるのかを考えるうえでも、興味深い例といえます。
もし、ニューコメンの発明がリアード事件(1778年)によって明細書の基準が示された後の時代であったなら、セイヴァリの特許を無効にしてニューコメンが自ら特許を取れていたかもしれません。それだけに、特許制度も様々な問題に遭遇しながらブラッシュアップしていきました。
しかし、ニューコメンの蒸気機関は、炭鉱の排水問題を解決し、産業革命の重要な基盤となりました。
ところが、この蒸気機関には大きな欠点がありました。それは、燃料効率が非常に悪いことでした。シリンダーを毎回冷やすため、大量の燃料を消費してしまうのです。
そして、この問題点を解決すべく、ニューコメンの蒸気機関を大きく改良し、蒸気機関を産業革命の中心的な動力へと押し上げた人物が、ジェームズ・ワットでした。
ニューコメンは特許を取れませんでしたが、逆にワットは強力な特許で競合を抑えていきました。
次回は、蒸気機関を大きく進化させたワットの改良と、その特許をめぐる物語を見ていきます。
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