はじめに
名古屋鉄道 (名鉄) は、愛知県・岐阜県を中心とする大手私鉄です。パノラマカーやパノラマスーパーといった前面展望席のある車両や、鮮やかな赤い車体が印象的です。
かつての名車、パノラマカーは、警笛 (自動車でいうところのクラクション) で独特のメロディーを奏でていました。これは、ミュージックホーンと呼ばれ、現在もパノラマスーパーなどの車両が鳴らすことがあります。この音は、巷では、「どけよ、どけよ」と聞こえることでも知られています。また、中京競馬場での名鉄杯のファンファーレにも使用されています。
このように、名鉄を印象させるミュージックホーンでしたが、J-PlatPatで検索すると、音商標として商標登録出願したものの拒絶されていたことがわかります (商願2016-3598)。
今回は、名鉄のミュージックホーンの音商標としての商標登録出願を見ていきます。
なお、名鉄パノラマカーについては、こちらの名鉄のサイト「ありがとうパノラマカー」が参考になります。
名古屋鉄道とは
名鉄 (名古屋鉄道) は、愛知県東部の豊橋駅から名古屋を通り岐阜県の岐阜駅を結ぶ本線を中心に、名古屋北部の犬山や、中部国際空港、知多半島などに路線網を広げる鉄道会社です。総延長は約444kmにも及び、私鉄としては近鉄 (近畿日本鉄道) 、東武 (東武鉄道) に次ぐ日本第3位の規模を誇っています。
1961年 (昭和36年) に7000系パノラマカーがデビューし、赤い車体に加え、運転席を高い位置に設け、その下に展望席を配置するという斬新な構造が話題を呼び、一世を風靡しました。
7000系パノラマカーは、2009年に引退しましたが、前面展望席の発想は後継の1000系パノラマスーパーにも引き継がれました。パノラマカーとは逆に、運転席を低い位置に設け、その上に展望席を配置することにより、乗客は列車の進行方向に広がる景色を高い位置から楽しむことができました。

図1 名鉄1000系パノラマスーパー (筆者撮影、旧塗装)

図2 パノラマスーパーの展望席の眺め (筆者撮影)
このパノラマカーには、音楽を奏でる警笛であるミュージックホーンが採用されました。これは、通常の「プアー!」という警笛よりも、列車の接近を柔らかく伝えることを目的としたとされています。
このミュージックホーンは、立体交差化が進んだ現在ではあまり鳴らすことはなくなりましたが、パノラマスーパーの1000系やミュースカイの2000系などの看板列車にも引き継がれ、現在もターミナル駅で鳴らすこともあるようです。筆者も金山駅でこのミュージックホーンを聴きました。
また、中京競馬場で行われる名鉄杯のファンファーレなど、名鉄のイベントでもこのミュージックホーンをベースとした曲が演奏されています。
音商標出願
名鉄は、このミュージックホーンを音商標として2016年 (平成28年) 1月14日に特許庁に出願していました (参考記事)。指定商品・役務は、第9類「レコード」、第14類「キーホルダー」、第18類「かばん類」、第28類「おもちゃ」、第39類「鉄道による輸送」などです。
音商標は、2014年 (平成26年) の商標法改正により2015年 (平成27年) 4月から「動き商標」「ホログラム商標」などとともに「新しいタイプの商標」として商標登録が認められるようになりました。
動き商標には、インベーダー (商標登録6166669号、6166670号、6166671号) などが登録されています。音商標は、CMのジングルやヨドバシカメラのテーマ曲 (商標登録5963049号) などがあります。
しかし、名鉄のミュージックホーンの音商標の出願は、2017年 (平成29年) 8月8日に拒絶査定が発送され、2018年 (平成30年) 2月8日が拒絶査定の最終処分日とされています。つまり、商標登録を受けられなかったということになります。
拒絶理由の考察
拒絶理由については、拒絶理由通知の内容が参照できず、拒絶理由条文コードも「商標法第3条各号など」とあるだけなので、詳細は不明です。しかし、こちらの中日新聞の記事によると「歌詞がなく他者との差別化が難しい」、こちらの中日新聞の記事を紹介したブログによると「提出された音源と楽譜の音程が一致していなかった」ことなどが、拒絶に影響したとされています。
このうち、歌詞がなく他者との差別化が難しいという点は、商標の識別力に関係するものと考えられます。一方、音源と楽譜の不一致は、出願された音商標を正確に特定するという観点からも問題となり得ます。
なお、歌詞のない音商標が一律に識別力を否定されるわけではなく、音の構成や使用の実態、需要者の認識などによって判断されるものと考えられます。
ここで、商標法第3条は、商標の適格性として、商標に識別力があることを定めています。おそらく、この音商標は、識別力がないとして拒絶されたと考えられます。
商標法第3条第1項第3号について、特許庁の商標審査基準では「役務の提供にあたり通常発する音」が識別力を有しないものとして挙げられています。例えば、ボクシングの興行で鳴らすゴングの音などです。
ミュージックホーンについても、「鉄道による輸送」という役務にあたり、安全確認・注意喚起のために「通常発する音」に該当すると判断された可能性があると考えられます。
また、商標法第3条第1項第6号に関しては、特許庁の審査資料に「次のような音は識別力がないと判断され得るもの」として挙げられています。
- 需要者に楽曲としてのみ認識される音
- 広告等で注意を喚起したり、印象付けたりする効果音
- 役務の提供の用に供する物が発する音
この中で、3番目の「役務の提供の用に供する物が発する音」に、名鉄の音商標は関係していたと考えられます。指定役務「鉄道による輸送」については、「役務の提供の用に供する物」は鉄道車両に該当します。また、ミュージックホーンは、鉄道車両が安全確保・注意喚起のために発する音に該当します。
一方、商標法第3条第2項では、同条第1項第3号から第5号までに該当する商標について、使用を続けた結果、需要者が特定の事業者の商品・役務を示すものとして認識できるようになった場合には、商標登録を認めることとしています。
今回の考察で取り上げた第3条第1項第6号は、この第2項の対象には含まれていません。しかし、長年の使用によって需要者が特定の事業者の商品・役務を示す音として認識するようになれば、そもそも第6号に該当しないと主張する余地があると考えられます。
名鉄のミュージックホーンは、1961年のパノラマカーの登場以来、長年にわたって使用されてきました。また、名鉄杯のファンファーレとして演奏されるなど、名鉄を象徴する音として親しまれています。
もっとも、鉄道ファンなどの間でよく知られていることと、商標法上の識別力が認められることは必ずしも同じではありません。
需要者がその音から名鉄の提供する役務などを認識できることを、どのように立証するかが問題になると考えられます。
今回の出願では「鉄道による輸送」以外にも多数の商品が指定されています。商標の識別力は、指定商品・役務との関係で判断されるため、これらの商品については、鉄道による輸送とは異なる判断となる可能性も考えられます。
拒絶理由通知に対して意見書を提出したり、拒絶査定に対して拒絶査定不服審判を請求したりすることで、商標登録を受けられる余地もあったかもしれません。
しかし、こちらの記事によると、名鉄としても「商標登録を行わなくても従来通りミュージックホーンを使い続けることはできたが、権利範囲を明確にして、今後の権利の保全を図っていこうと考えた」ということから、その後、権利化を追求しなかったものと考えられます。
結び
名鉄のミュージックホーンは、列車の接近を知らせるための警笛として誕生しました。このミュージックホーンは、長年にわたって使われるうちに、名鉄を象徴する音としても親しまれるようになりました。
商標は、自己の商品・役務と他人の商品・役務を区別するための標識です。ミュージックホーンのように、本来は安全確保のために使われていた音が、長年の使用によって特定の鉄道会社を象徴する音として認識されるようになった場合、どこまで商標として保護できるのでしょうか。
安全のための警笛という機能と、鉄道会社のブランドを象徴する音という役割の関係は、音商標の制度を考えるうえで興味深い事例だと思いました。
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