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第7回 英国専売条例とは? ― 特許を「王の恩恵」から「法律の制度」へ

知財の歴史

はじめに

 エリザベス1世後期からジェームズ1世にかけて、英国では国王による専売権(独占権)の濫発が社会問題となりました。生活必需品にまで独占権が与えられ、物価上昇や産業活動の停滞を招いたのです。

 こうした状況に対抗して、1624年、英国議会は「専売条例(Statute of Monopolies)」を制定しました。

 この法律は、原則としてあらゆる専売を無効としながらも、「新しい発明」に限って一定期間の権利を例外的に認めるという画期的な内容を持っていました。今回は、この専売条例の内容を見ていきます。

背景 ― 王権と専売権の濫用

 当時の国王は、議会の同意を得ずに財源を確保する手段として、特定の商品や事業に専売権を付与していました。塩、酢、トランプなど、生活に密着した商品までもが対象となり、市場価格は上昇しました。

 専売権は、本来は新しい技術や産業を育てるための手段として用いられることもありました。しかし次第に、それは財政確保や恩賞の手段へと変質していきます。

 こうした国王の恣意的な権利付与に対し、議会は強く反発しました。その結果制定されたのが、1624年の専売条例です。

 これは単なる産業政策ではなく、「王権を法で制限する」という憲政史上も重要な意味を持つ法律でした。

専売条例の内容

(1) 原則禁止

 専売条例は、原則としてすべての専売を無効としました。ここでいう専売とは、発明に限らず、特定の商品や営業に対する広範な独占権を含みます。つまり、国王が恣意的に市場を独占させることを法律で制限したのです。

(2) 例外 ― 「新しい製造法」への保護

 その一方で、第6条は例外を設けました。「国内で既に実施されていない新しい製造法(new manufacture)」については、最長14年間の権利を認めるとしたのです。

 ここでの「新しさ」は、当時の英国国内で既に使われていないことが基準でした。今日のような厳密な審査制度はまだ存在していませんでした。

 特許の有効性を巡る争いは、普通法裁判所(Common Law Courts)で判断されました。もし他者が「以前から使用していた」と証明できれば、その特許は無効とされました。

 このような仕組みは、後の特許無効制度先使用の抗弁へとつながる萌芽的な制度と見ることができます。

(3) 14年という期間

 なぜ14年なのでしょうか。有力な説の一つは、当時の徒弟制度に由来するというものです。職人が弟子を一人前に育てるまでがおよそ7年。その2世代分として14年が設定されたという考え方です。

 仮にこの説が正しいとすれば、特許期間は単なる独占期間ではなく、「技術を育て、市場に根付かせるための投資・育成期間」と位置付けられていたとも考えられます。

専売条例の歴史的意義

 専売条例は、独占を原則禁止する法律でした。しかし同時に、「新規発明に限り一定期間の保護を与える」という枠組みを初めて明文化した点で、近代特許法の源流とされています。

 もっとも、この時代の「特許」は、現在のような審査制度を備えた特許制度とは異なり、王権による特権付与の名残を残すものでした。

 この制度は、その後の英国特許制度の基礎となり、18世紀以降の技術革新の制度的土台となりました。

 王権の制限という政治的文脈の中から、産業育成のための制度が生まれたことは、歴史の興味深い逆説といえるでしょう。

結び

 専売条例は、独占を抑制するために制定されました。しかし結果としてそれは、「新規性」「存続期間」「無効判断の仕組み」といった近代特許制度の骨格を形作ることになりました。

 「まもる」ための制度が、「育てる」制度へと転化していく。この転換点に立つ法律として、専売条例は特許制度史の中でも極めて重要な意味を持っているのです。

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