はじめに
これまで述べてきたように、15世紀、日本では室町時代に当たる頃、ベネチア共和国(現在のイタリア)とイングランド(現在の英国)で2つの特許制度が成立しました。
「第1回 世界最古の特許法は、なぜ15世紀ベネチアで生まれたのか」
「第2回 15世紀イギリスの特許状 ― ヘンリー6世の特許制度」
ベネチアは世界最古の成文特許法である「発明者条例」として法制化されましたが、イングランドは王が特許状を付与する制度で成文化された制度ではなく、むしろ「王の恩寵」という形でした。
場所も形式も異なった2つの特許制度ですが、どちらも現代の特許法の目的につながる萌芽が見られます。そこで、今回はこの2つの特許制度を比較しながら、現代の特許法の法目的との関係を考察していきます。
背景の比較
(1) ベネチア共和国
15世紀のベネチアは、ルネサンス期の半ばであり、地中海の海上交易で繁栄していました。商工業も盛んで、周辺国の羨望を集めていた一方、技術の国外流出への懸念が高まっていました。
そこで、技術や技術者の流出を防ぐとともに、国内における創作を奨励するため、「発明者条例」を制定しました。これにより、新規で独創的な技術に対して10年間の独占権を与えることで、技術者のモチベーションを高めつつ、国の発展を図りました。10年という期間は、発明者の利益確保と社会への還元の均衡を図ったものと考えられます。
(2) イングランド
15世紀、百年戦争終結後のイングランドは、先端工芸技術では大陸諸国に後れをとっており、外国から高度な技術を導入することが求められていました。
そこで、外国の技術者を招聘するため、新規の技術に対して王(ヘンリー6世)が特許状を付与しました。
特許状の付与により、技術者に一定期間の専売権を与える代わりに、イングランドに技術を伝承することを求めました。現地の弟子を育てるためには10年では足りず、20年が必要だと判断されたと考えられます。すなわち、産業が育成されるまでの投資回収期間であったと考えられます。
それぞれの目的の考察
以上の背景から、ベネチアの発明者条例は、国内における新規技術の創出を奨励し、その成果を一定期間保護することで、共和国の経済的繁栄を維持・強化することを目的としていたと考えられます。すなわち、内発的な技術革新を制度的に支える仕組みでした。
これに対し、イングランドの特許状は、国外の優れた技術を国内に導入することを目的としていました。王が特許状という形で専売権を与える代わりに、その技術をイングランド国内で実施・伝授させることで、産業基盤を強化しようとしたと考えられます。
両者は形式も背景も異なりますが、「技術を国家の発展に結びつける」という点では共通していました。
結び
我が国の特許法第1条は、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする」とあります。
ここには、①発明者の保護(インセンティブ)、②発明の利用(社会への還元)、③産業発達という国家的目的、という三層構造が読み取れます。
ベネチアの制度が示した「創作の奨励」と、イングランドの制度が示した「国家的産業政策としての特許」。現代の我が国の特許法は、その両方の思想を制度的に統合した姿であると考えられます。15世紀に芽生えた制度的発想は、制度の形式を変えながら、現代特許法へと連続しているのです。
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