はじめに
新しい発明をして特許庁に出願して、審査を通過すると、晴れて特許を得ることができます。ところで、特許の期間は、どのくらいかご存知でしょうか?
特許の期間は原則として、出願から20年で切れます。これは、特許法第67条第1項に規定されています。
しかし、医薬品や再生医療等製品では、例外的に延長できる場合があります。2026年5月7日の日本経済新聞の朝刊に、「iPS細胞の特許、延長へ」という記事がありました。今回は、このiPS細胞の記事を例に、特許期間の延長について見ていきます。
特許の延長登録制度は、条文だけを読むと少し分かりにくい制度ですが、今回のiPS細胞のニュースを手がかりにすると、制度の意味が見えやすくなります。
iPS細胞とは
iPS細胞とは、皮膚や血液などの体細胞に特定の因子を導入することで、さまざまな細胞に変化できる性質を持たせた細胞で、「人工多能性幹細胞」とも呼ばれます。
つまり、iPS細胞は、将来的に神経、心筋、網膜など、さまざまな細胞を作るための“もと”になり得る細胞です。再生医療や創薬への応用が期待されています。
iPS細胞は、京都大学の山中伸弥教授の研究グループにより、2006年にマウスiPS細胞、2007年にヒトiPS細胞の作製が報告されました。
その功績により、山中教授は2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
特許の期間について
特許権は、発明を独占できる強い権利ですが、永久に続くものではありません。日本では、原則として特許出願の日から20年で満了します。
しかし、医薬品や再生医療等製品の分野では、特許を取っても、すぐに販売・使用できるわけではありません。安全性や有効性などについて、国の承認を受ける必要があるからです。
特許の延長登録とは何か
以上のように、医薬品や再生医療等製品の分野では、特許を持っていても、国の承認が下りるまでは実際に製品として使えないということがあるのです。その「国の承認を待っていた期間」を、一定の範囲で特許期間の後ろに足してもらう制度が、特許権の存続期間延長登録制度なのです。
しかし、何でも自由に延長できるわけではなく、対象は医薬品、農薬、再生医療等製品など、法律上の承認・登録が必要な分野に限られます。延長できる期間にも上限があり、最長5年です。これは、特許法67条第4項に規定されています。
また、延長された後の特許権の効力は、承認を受けた製品や用途との関係で考える必要があります。つまり、特許期間が延びたからといって、元の特許権の範囲すべてについて、延長後もそのまま独占できるというわけではありません。
iPS細胞の特許期間を延長する理由
iPS細胞そのものは研究技術として有名ですが、実際に医療の現場で使われるには、再生医療等製品としての承認が関係してきます。
そのため、iPS細胞関連の特許でも、承認までに実施できなかった期間がある場合には、延長登録制度が問題になり得るのです。
iPS細胞を用いた再生医療等製品としては、2026年3月に、パーキンソン病向けの「アムシェプリ」と、重症心不全向けの心筋シート「リハート」が、厚生労働省から条件及び期限付で製造販売承認を受けました。
特許の延長登録をすることにより、iPS技術の保護期間を一定範囲で確保し、研究資金の安定確保や関連技術の開発につなげることが期待されます。
関連特許との関係
今回のiPS細胞のような基本特許は“木の幹”のような存在です。その幹があるうちに、周辺の技術や応用技術について、枝葉となる特許を育てていきます。今回の延長登録出願には、そのための時間と資金を確保する意味もあると考えられます。
なお、延長登録によって延びるのは、対象となる特許権の特許期間そのものです。関連特許の特許期間が自動的に延びるわけではありません。
基本特許の特許期間が延びれば、その間に周辺技術の開発や特許網の整備を進めやすくなる、という実務上の意味があります。
結び
iPS細胞の特許延長のニュースは、単に「有名な発明の特許が延びるかもしれない」という話ではありません。そこには、基礎研究、医療応用、国の承認制度、そして知的財産戦略が複雑に関係しています。
特許は、発明を守るだけでなく、長期的な研究開発を支える仕組みでもあります。iPS細胞のような先端医療の分野では、その役割が特に分かりやすく表れているといえるでしょう。
知財に興味を持った方へ
知財の勉強方法、資格取得、キャリアについてのご相談も受け付けています。


